宅浪期間


最初はやる気と闘士に満ち溢れていた

頼れるのは自分だけ。そんな状況でも不安はなかった。

まず自分が一年使う参考書を徹底的にリサーチして自分に合いそうなものだけを買い込んだ。

そして勉強スタート。学習計画をろくに立てずがむしゃらに片っぱしから勉強した

最初は復習サイクルの重要性に気がつかずにどんどん先へ進むことだけを考えて勉強を進めた

復習は次の日に少しやるだけだった

これが間違いだったのかもしれない。いま思うと俺はただ勉強した気になっていただけだったんだ

勉強は身についてこその勉強。

学習がある程度まで進んだところで、いままでやったことがほとんど身についていないことにやっと気づいた。


英単語に関しては、2000語を苦労して一気に覚えたのにそのときにはもう半分以上忘れていた。

そのとき復習しようとしても見覚えがないから半分以上はまた一から覚えなおすことになった。

他の教科も同様にまた一からスタートすることになった。

途方に暮れていたがやるしかなかった。このとき七月中旬。

とは言ってもだんだん勉強のコツはつかめてきて、モチベーションもさがることはなかった。

最低でも一日10時間はやっていた。

多い日で16時間はやっていた。

このようにやる気さえあれば家は時間を無駄にしない最高の勉強環境だ。それに予備校に勉強法やテキストを押し付けられることもない。
自分のペースで自分のやりたいようにできる。


しかしモチベーションが下がるときは突然やってくる。

順調に行ってた宅浪生活も九月に入り急にモチベーションが下がりはじめた

自分がなんで今勉強しているのか、俺はこれからどうなるのか、俺は誰で何をしたいのか

漠然とした暗い気持ちが毎日襲ってくる

勉強当初の気迫も消えていき宅浪の禁断症状がついにでてきた。
宅浪生は自分だけで、相談する相手もいなく、たとえいたとしてもその時は人と会えるような精神状態ではなかった。


それと重なるかのようにいままで順調に伸びていた成績もストップし、ついに勉強をしたくないと思い始めるようになってきた。

それでも俺には勉強をする以外の選択肢はもう残されていなかった

それからは泣きながらの勉強。正確には泣くという発想すら出てこない中で、ただ暗い気持ちの中で勉強を再開した。

そして試験日が近付くにつれ、東大合格が今の学力で今の勉強ペースでは絶望的なことを少しずつ悟っていった。このとき11月初め頃。

受験が近付くにつれ私立型に切り替えるかこのまま国立型の勉強を続けるかをせまられた。

国立型だと勉強の仕方も私立型とは異なるし、教科数も倍以上に増えるため桁違いの勉強量が必要になってくる。

このままどっちつかずだと間違いなくどちらとも落ちる。
教科を絞って私立対策に移行しようかと何度も考えてた。

そんな板挟み状態の中である時、勉強開始当初のことを思い出していた。

「自分には本当にできるのか?どこまでやれるのか?」
という宅浪を結審するときの決意を思い出した


最初に掲げていた目標を長い間すっかり忘れていた。

スランプになって時からずっと忘れていた。

今想うと、そのことを思い出せただけでもよかった。

やっぱり最初の目標である東大を目指すことにした。
もう12月に突入していたがそれからは死ぬ気で勉強した。

それからは模試はしてないけど急激に成績が伸びた気がする。

そしてセンター試験。

勉強が手につかない時期もあったけど、それでもできる限りのことはした。予想問題集ではぎりぎり足きりされないレベルまでもっていった。


試験が終わり自己採点をする。

本番は何があるかわからない。


結果

国語・・・160
英語・・・180
政治経済・・・・88
数学TA・・・・52
数学UB・・・・56
化学・・・・・・・40
地理・・・・・・84

数学は両方とも計算ミスをありえないくらいしていた。
化学は二次では使わない教科で、時間節約のため全く手をつけなかったから予想通り

足切り点を大幅に下回ってしまったので出願すらしなかった。

こうして、東大合格への道ははかなく散っていった






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筆者の受験勉強時代